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東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2186号 決定

決   定

東京都杉並区八成町一二一番地

田中栄助方

申請人

板屋哲夫

右訴訟代理人弁護士

松本善明

坂本福子

矢田部理

渋田幹雄

東京都新宿区諏訪町二三五番地の一

被申請人

東亜電波工業株式会社

右代表者代表取締役

前東計男

右訴訟代理人弁護士

鈴木義広

右当事者間の昭和三六年(ヨ)第二、一八六号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

第一  当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は、「申請人が、被申請人に対し雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。被申請人は、申請人に対し昭和三六年九月以降本案判決確定の日にいたるまで、毎月二六日限り一箇月金二八、五〇〇円の割合による金員を支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は主文同旨の裁判を求めた。

第二  当裁判所の判断

一、被申請会社が、通信用の電気測定機その他の精密機械の製造を目的とする株式会社であること、申請人が昭和二八年被申請会社に雇傭され、同社研究部第二研究室研究員として勤務していたところ、被申請会社から昭和三六年四月二日に、同年三月二日から六箇月の休職処分(以下、本件休職という。)に付する旨の通告を受け、同年九月二日解雇の意思表示、(以下本件解雇という。)を受けたことは、当事者間に争いがない。

二、当事者間に争いのない事実及び疎明によれば、本件休職及び本件解雇(以下、本件解雇等という。)の経緯として、次のような事実が認められる。

被申請会社は、昭和三六年初頭、申請人が当時研究を担当していたAD―5型直流増幅器について、既にその研究段階が終了したものと認め、今後右直流増幅器を同社第二製造部に移管し、同部においてその実用化のための技術的検討を加えることとした。そして被申請会社はこれに関連して、研究部における新たな研究題目を定め、それに応じて研究員の技術的能力を考慮し、第二研究室所属の研究員であつた申請人を第一研究室へ、第二研究室所属の研究員であつた長井一夫を第五研究室へ、第四研究室所属の研究員であつた松崎正夫を第二研究室へ配置転換し、申請人に対しては、従来の研究対象が直流増幅器であつたことから、直流増幅器応用機械の研究を命ずることとし、同年二月一〇日研究部長から右三名に対し、その旨が伝えられた。これに対し、申請人は「皆に関連することを一人ずつ話すのはわからない。」などと、配置転換に反対する態度を示し、同月一五日開かれた第二製造部長、研究部長らの出席するAD―5型直流増幅器移管に関する会議においては、その移管に異議をのべなかつたものの同月二二日研究部長に対し「AD―5は終らない。問題は残されている。」などと発言し、同月二五日に行なわれた配置転換に伴う備品移動の作業についても、申請人だけが終始非協力的態度であつた。

そして、同年三月一日午前社長が全従業員に対し、前記配置転換を発表すると、申請人は同日午後から無断早退し、翌二日から無断欠勤を続けた。ところで被申請会社と申請人の所属する東亜電波労働組合(被申請会社の従業員をもつて組織されている労働組合)(以下、組合という。)との間で締結された労働協約「休職に関する協定」(以下、休職協定という。)第一条は「会社は組合員が左の各号の一に該当し欠勤が一ケ月を超えた時は、その一ケ月を含めてこれを休職とする。一、(省略)、二、事故欠勤による時、三ないし五(省略)」と、第二条は「前条の休職期間は左の通りとする。一、(省略)、一、前条第二号の場合は六ケ月とする。三ないし五(省略)」と、第四条は、「休職を命ぜられた者が休職期間中休職理由が消滅し、又は休職期間が満了した場合は左の取扱いとする。一、(省略)、二、第一条第二号の場合は休職期間中休職の事由が消滅した時は復職し、休職期間が満了した時は解雇する。三ないし五(省略)。」と規定されているところ被申請会社は、申請人の無断欠勤が一箇月に及んだので、同年四月二日休職協定第一条第二号、第二条第二号により、申請人を同年三月二日から六箇月の休職処分(本件休職)に付し、更に、六箇月の休職期間が満了したので、同年九月二日休職協定第四条第二号により、申請人に対し、本件解雇の意思表示をした。

三、申請人は、本件解雇等は無効である旨主張するので、以下に判断する。

1  まず、申請人は、「本件休職辞令には、就業規則第二五条第四号により休職を発令する。」と記載されているが、被申請会社の就業規則は、その附則に、同規則第二五条の規定(休職に関する規定)は、休職協定が労使間に締結されているので適用されない旨を定めている。従つて、本件休職は、就業規則中組合員である申請人に対し適用が排除されている規定を適用したものであるから、無効である。従つて、その休職期間満了を理由とする本件解雇も、また無効であると主張する。

しかしながら、疎明によれば、右辞令中の「就業規則第二五条第四号」とあるのは、休職協定第一条第二号と記載すべきところを、被申請会社が誤つて記載したものであることが認められる。前記認定のように、本件解雇等が休職協定の規定に基きなされたことが明らかである以上、辞令面における右のような誤記は、本件解雇等の効力に消長を来さないものというべきである。従つて、この点に関する申請人の主張は理由がない。

2  次に申請人は、本件解雇は労働協約に違反し無効であると主張する。すなわち、昭和三六年七月四日被申請会社と組合との間で締結された労働協約「一九六一年夏季一時金支給に関する協定」(以下、一時金協定という。)において「会社のいう事故による休職者に関しては、事故による休職ということを組合は認めていないので、改めて協議する。」との約定が成立した。右にいう「事故による休職者」とは申請人を指称するものであり、被申請会社は、申請人を解雇するには右労働協約により、組合と協議すべき義務があるのに、本件休職の期間が満了すると、一方的に本件解雇を強行した。従つて、本件解雇は、右労働協約に違反し、無効であるというのである。

疎明によれば、昭和三六年七月四日締結された一時金協定は、申請人主張のような事故休職者に関する条項の外組合員に対する同年度の夏季一時金の支給率、支給時期、勤務期間が六箇月にみたない者及び組合員以外の従業員に対する夏季一時金の取扱い、夏季一時金獲得のため組合が行なつた争議期間中の賃金の支給、争議責任の不追及等、すべて同年度の夏季一時金に関連する事項を規定していること、一時金協定締結にいたる団体交渉において、被申請会社が、事故による休職者としての申請人に対する夏季一時金について特別の算定方式を提案したところ、本件休職を不当としていた組合は、申請人を事故による休職者と認められないとして、夏季一時金支給について、申請人を他の一般組合員と別個に扱うことに反対したため、結局、申請人に対する夏季一時金の取扱いについて労使の意見が一致せず、後日改めて協議することとしたことが認められる。右に認定した一時金協定の内容及び夏季一時金に関する団体交渉の経過に徴すれば、一時金協定の事故休職者に関する前記条項は、申請人の夏季一時金の支給について、一般組合員とは別途に協議することを定めたものと解するのが相当である。従つて、この点に関する原告の主張は理由がない。

3  更に申請人は、本件解雇等は不当労働行為であるから無効であると主張する。すなわち、申請人は、昭和三二年組合の前身である親交会の執行委員、昭和三三年二月組合の執行委員、調査部宣伝部長、同年九月及び昭和三四年九月調査部宣伝部員、昭和三五年九月調査部宣伝係次長に選任され、活発に組合活動を行なつてきたが、被申請会社は申請人及び研究部第一研究室に所属し、組合委員会(組合大会に次ぐ決議機関)議長として活発に組合活動を行なつていた森村を嫌悪し、この両名を一箇所に封込め、一般組合員から隔離する目的で、申請人担当の直流増幅器の研究が、(実際は未完成であつたにもかかわらず)終了したとの口実の下に、第二研究室所属であつた申請人を森村の所属する第一研究室へ配置転換を命じたのであるから、右配置転換は、申請人の組合活動を嫌悪し、組合弱体化の企図の下になされたもので、不当労働行為である。ところで本件解雇等は、申請人が右配置転換を拒否したことに端を発したものであり右配置転換が不当労働行為である以上、本件解雇等もまた不当労働行為として無効であるというのである。

しかしながら本件解雇等が申請人の配置転換の拒否自体を動機として行なわれたものと認めるべき疎明もなく、また右配置転換が申請人主張のような不当労働行為の意図の下になされたものと認めるに足りる疎明もない(申請人及び森村の組合役職についてさえ明らかでない。)。本件解雇等が右配置転換を拒否した後の申請人の無断欠勤を理由としてなされたものであること、右配置転換が被申請会社の業務上の理由に基づくものであつたことは、既に述べたとおりである。従つて、この点に関する申請人の主張は理由がない。

4  最後に申請人は、本件休職の期間中、申請人及び組合は被申請会社に申請人が勤務の意思あることをくり返し伝えたのに被申請会社はこれを無視し、申請人の労務提供を拒否し、休職期間の満了を理由に本件解雇に及んだものであるから、本件解雇は解雇権の濫用として、無効であると主張する。

しかし、申請人主張の事実を認めるに足りる疎明はなく、かえつて疎明によれば、被申請会社は、申請人が無断欠勤をした昭和三六年三月二日以降、申請人との連絡につとめたが、遂にその所在を知ることができず、前記のとおり本件休職の処分をしたところ、同年五月上旬から申請人が数回被申請会社に来たことがあつたので、その都度、申請人の直属上司である研究部長が申請人に対し、勤務の意思があるかどうかを確め、申請人において勤務の意思があるならは、本件休職を取消して申請人の復職を認める態度を示したのに、いつも申請人はこれに答えることなく立去り、勤務に服そうとはしなかつたので、被申請会社は本件休職の期間満了を待つて、本件解雇に及んだものであることが認められ、この認定の経緯に徴すれば、本件解雇をもつて解雇権の濫用と断ずることはできない。従つて、この点に関する申請人の主張も理由がない。

四、以上のように、本件解雇が無効であるとする申請人の主張は、すべて理由がない。してみると、本件仮処分申請については、被保全権利に関する疎明がないものというべく、さりとて、この点の疎明に代えて保証を供させることも妥当とは思われない。よつて、本件申請を却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定をする。

昭和三九年二月一三日

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 西 岡 悌 次

裁判官 松 野 嘉 貞

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